久々に読んでる本
宮本輝の『本をつんだ小舟』を読んでいるのですよ。宮本輝読むの久しぶり。母が古本屋で買ったという95年出版の文春文庫です。(何気に初版本だ)
ああ、久々だわ、そう、この関西弁の会話文が何より心地良いの。
なんかながーい小説が読みたくなったので、実家から『日本探偵小説全集4 夢野久作集』を持ち出して『ドグラ・マグラ』読むことにしました。読めるかしら。
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読書日記 その他 2008-12-25久々に読んでる本 宮本輝の『本をつんだ小舟』を読んでいるのですよ。宮本輝読むの久しぶり。母が古本屋で買ったという95年出版の文春文庫です。(何気に初版本だ) なんかながーい小説が読みたくなったので、実家から『日本探偵小説全集4 夢野久作集』を持ち出して『ドグラ・マグラ』読むことにしました。読めるかしら。 投稿者 towa | |
2008-12-20村上春樹 神の子どもたちはみな踊る 思いつきメモ『鏡のなかの鏡』のようにモチーフでつながっているのではないかと思って読んでみる。 UFOが釧路に降りる アイロンのある風景→からっぽ で綺麗につながりましたが、どうでしょう。(お酒が強引かな...) 2008-12-09朝の教育番組「にほんごであそぼ」 最近朝、延々教育テレビを見ています。(ニュースが見られないので。民放テレビもほとんど見れない。映画は大丈夫、バラエティはほぼ全滅。NHKは大丈夫) 投稿者 towa | |
2008-12-02暮しの手帖 36「朗読のじかん」より 投稿者 towa | |
2008-11-17リンクお引越しがやっと完了したので、ここからリンクしておきます。 投稿者 towa | |
2008-10-29スコット・フィッツジェラルド グレイト・ギャツビー 村上訳で読み野崎訳でも読んだのに、感想を書かなかったのは、やはり「うーん...どこが面白いのか分からない」から、だったんですが、なんとなくぼんやり考えて、なぜ自分がこの物語をあまり理解できないのか、逆に村上春樹はなぜこの物語を生涯の一冊に選ぶのか、少し分かったような気がするのでそれを書こうと思います。 投稿者 towa | |
2008-10-15私たちの年代 私たちの年代、というとき、そこには薄暗いものしか存在しない。 投稿者 towa | |
2008-09-26阪本順治 闇の子供たち(映画)2(続き 引き続き反転) 投稿者 towa | |
阪本順治 闇の子供たち(映画) ふだんはこちらで映画の話はしないことにしているんですが、内容が内容なだけに今回はこちらで。ここ数ヶ月の記事の意味も明らかにしちゃいましょう。 ちょっと気分を変えるために大阪弁で書きます。(私人の口調移りやすいんで、他県の言葉も混じると思う。俺語だと思って聞き流して下さい) まず明らかにしとかなあかんのは、どの立場で書くかいうことやと思うんです。最初にこの映画見に行こう思たんは、どんなに悲惨な現実であろうと、目をそらさんでちゃんと見なアカンと思たからです。ここ数ヶ月、なんでか知らんけど、悲惨で残酷で悲しい現実を、訥々と観覧するのが日課やったんです。栃木リンチ殺人事件に 始まり、主に国内の殺人事件のサイトを読んだりしてました。死体の写真もいくつか見ました。ほんで打ちのめされた気分になってました。あんまそういう話って誰彼に聞かせるもんやとは思わんし、一人そういう悲惨な現実に向き合ってると、心はぶずぶずに荒んでいくもんですな。ちらっとそんな話を人にした時、言われたんが「 (私が見ているものって)優しさとか思いやりとかとはずいぶんかけ離れたものみたいやね」「そういうものって人によって引っ掛かり方(心に残る残り方)が違うと思うねんけど、もしかしたらその引っ掛かり方が、あなたが生きていく上で、辛いことの一つなんかもね」 投稿者 towa | |
2008-09-172008-08-122008-08-04ランボオ 地獄の季節「死を手に入れる事だ、お前の欲念、利己心、七大罪のすべてを抱えて」 悪胤 ランボーは一人称"俺"のほうがしっくりくるような気がします。"僕"はちょっと違う。なんでかなーと考えてみると、多分ランボーがまだ10代の少年でありながらすでに爛熟してしまっているから、多分それは彼がフランス人だから、なんだなあとこれ↑を読んで思いました。 錯乱Ⅰ 狂気の処女 地獄の夫 言葉の錬金術 野菜のサラダや果物の ああ、眠りたい、煮られたい、 このあたり暗唱しました。 不可能 俺の精神よ、気をつけろ。過激な救いにくみするな、鍛練を積む事だ。――ああ、科学は俺たちの目にはまだるっこい。(P53) 2008-07-18村上春樹 短編の感想 一応、年代順に並べて、1個1個の短編についても語るけど、まとめて読むと「村上春樹論」(って恥ずかしいですね)になっている、といいなあと考えていて、ああいう並びなんですが、やはり最後を「ハナレイ・ベイ」でしめるのは寂しいなあとも思っていて、つい先日「アフター・ダーク」を読んだので、大好きな「蜂蜜パイ」とつなげてきれいに明るく希望をもって終りにしたいと思います。 ともかく、あの最後に抱き合ってる姉妹の姿はいいです。 2008-07-082008-06-29ところで 映画『風の谷のナウシカ』見たんですが、思ってたよりナウシカがだいぶちがくて、びっくりしました。 以上 投稿者 towa | |
2008-06-26翻訳 今日ふと自分のブログにつけた「翻訳」機能を使ってみたんですが、やはり固有名詞等々、へんちくりんな英語になっておりますね。はじめ付けてみたときは割にうまく英語に翻訳されるもんだなあと感心していたんですが。 投稿者 towa | |
2008-06-24読了本『津軽通信』太宰治 また感想書きます。 ついでに、非大學訳ランボー岩波から出てたんですね『地獄の季節』買いました。4月に改訂版が出たとこで、古いやつだと400円新しいのは460円(税抜き) 投稿者 towa | |
2008-06-04ドストエフスキー カラ兄弟第五 大審問官 今回は割に細かいところを見て、発見したこととかを書いていこうという意図なので、せっかくの大審問官ですが、さっさ~っと読み飛ばしてしまいました。 そんな私ですが共産主義国がことごとく崩壊し現実共産主義体制の中で何が起こったのかということぐらいは承知しておりますので(二頭の牛に教えてもらいました) この隷属は未来の農奴制度ともいうべきものですが、ただし地主となるのは彼ら自身です(P103)とアリョーシャも言っていることですし。 「でも、粘っこい若葉は?貴い墓は?瑠璃色の空は?愛する女は?ああ、それじゃ兄さんは何を足場にして生きてゆくのです、どうやってそういうものを愛するつもりなんです?」とアリョーシャは悲しげに叫んだ。「胸に頭にそんな地獄を抱きながら、一体そんなことが出来るんですか?(後略)」(P107) これは『謎ときカラマーゾフ』の中で江川さんもおっしゃっていることですが、大審問官の話が終わったあと、イワンは左へ、アリョーシャは右へ行き、立ち去るイワンの肩は右が下がっています。右は意識の象徴、左は無意識界の象徴です。←ところでこれって私は河合隼雄の本で知ったことなのですが(箱庭の解釈によく出てくる)、ドストさんの時代にもいわれていたことなんですかね。人の意識を無意識と意識に分けたのはフロイトで、ドストさんより100年ほど後の時代のことなのですが。 ドストエフスキー カラ兄弟第三兄弟の接近 たとえ物の秩序を信じないとしても、僕にとっては、春芽を出したばかりの、粘っこい若葉が尊いのだ。瑠璃色の空が尊いのだ。(P43) 生の意義以上に生そのものを愛するんだね?(P44) この辺のイワンのせりふはしびれますね。江川卓さんは生の意義以上に生そのものを愛するイワンをして「カラマーゾフ万歳」と言えるのだと仰ってました。ほんとにその通りです。 僕は調和なぞほしくない、つまり、人間に対する愛のためにほしくないというのだ。(P73) ねえアリョーシャ、僕は神様を承認しないのじゃない、ただ『調和』の入場券を謹んでお返しするだけだ(P73) そして劇詩『大審問官』にいくわけです。 第五 大審問官 怒りたいなら勝手に怒るがよい、わしはお前の愛なぞほしくもないわ。(P96) 2008-05-12村上春樹 駄目になった王国 ほか短編色々短編の紹介をもうちょっとやりたいなあと考えてたんですけど、一念発起(おおげさ)して昨日書きました。もはや紹介ではない気がしますが。 中身がない項目が多いですが追々書きます。前ここに「一度書いたのに間違えて消してしまった」といっていたやつは「ハナレイ・ベイ」のやつです。 2008-05-03なんか突然 アルチュール・ランボー の、詩集を読みたくなって、昨日はネットで自ら翻訳しつつ解説してるページをみつけたのでそれをじみじみ読んで、今日は本屋に行って新潮文庫『ランボー詩集』買ってきました。 投稿者 towa | |
2008-04-17カラ兄弟 第四 叛逆 2008-04-14カラ兄弟気がついたらもう「プロエコントラ」の章に突入してました。 ちょっと戻って 第六 小屋における『破裂』 たまたまこのあいだ(といっても大分前)『アンジェラの灰』という映画を見ました。アイルランドにおける極貧生活をみっちりと描き出した映画で、話自体は私はあまり感心しなかったんですが、資料としては面白かったです。カラ兄弟とは時代が全然違いますがね。雰囲気的には似たとこがあるのではないでしょうか。 さて、ここではロシアにおけるおそらく底辺クラスの暮らしぶりが書かれます。(ソフィヤ・マルメラードワの家には負けるでしょうが)村上春樹が「かえるくん、東京を救う」で、フョードル・ドストエフスキーは神に見捨てられた人々をこのうえなく優しく描き出しました。とかいていますが。まさしく神に見捨てられた人々。 第五篇 Pro et Contra わかっているのは、僕もカラマーゾフだ、ということばかりです 突然イワンが嫌いだというリーザ。もう少し前では(カチェリーナが)イワンを愛してるというアリョーシャの言葉に「誰のこと、それは誰のことなの?」と過剰に反応してるし。 第三 兄弟の接近
2008-04-02カラ兄弟第四篇 破裂 第五 客間における『破裂』 それから今一つの想念も、また突然おさえることのできない力をもって、彼の心へ闖入して来た。ほかでもない、『もしこの人が誰も愛していなかったら、どっちも愛していなかったらどうだろう?』というのであった。 カチェリーナに対してアリョーシャの思うこと。これって最終的には予言的中なんだあ。 2008-04-01カラ兄弟第八 コニヤクを傾けつつ このあたりから話が急展開して、たった4節の間にすんごいいろんなことが起こりますね。頑張って付いて行きます。 スメルヂャコフにとって、グリゴーリー=フョードルなんですかね。さらに=神で、彼等の否定=神の否定であると。 アリョーシャが母の憑かれた女(クリクーシカ)の話を聞いているうちに、母と同じ行動をとってヒステリーを起こすエピソードですが、私はこれの意味がよく分からないです。このあとすぐにミーチャが乱入してくるので、なんとなく中途半端に話が終わってしまうし、イワンは「しかし僕のお母さんは、つまりアリョーシャのお母さんだと思うんですが、あなたはどうお考えですか?」とか言い出すし。 ついでに、作者の名前はフョードル・ミハイロヴィッチ・ドストエーフスキー。妻はアンナ・グリゴーリエヴナ(グリゴーリーの娘) では次にいきましょう。 2008-03-30カラ兄弟 第六 スメルヂャコフ 2008-03-24カラ兄弟 第三篇 第二 リザヴェータ・スメルヂャーシチャヤ 第三 熱烈なる心の懺悔――詩 美の中では両方の岸が一つに出合って、すべての矛盾が一しょに住んでいるのだ。 2008-03-12宮崎駿 もののけ姫 宮崎映画の中で1番好きなのはと考えると『もののけ姫』かなと思います。私の周りでは評判悪いんですけど。 『ナウシカ』から『もののけ』への移行で、面白いなと思ったのはセルム=サンの入れ換えです。二人は同じ「森の人」であるのに男女が入れ替わっただけであんなに違う性質をもつのか、と。ナウシカの性質はアシタカに引き継がれているのにね。逆にいうとセルムの持つ悲しみとか怒りって漫画ではかかれていませんが、森の人は蟲使いの末裔で、蟲使いは賤民といわれる地位にあるというのは、その辺のほのめかしなのかもしれませんね。 もののけで1番好きなシーンはライ者のオサが「生きることはまことに辛い、だが生きたい、どうか愚かなわしに免じて....」というところです。あのシーンは何度も見た。そして何度見ても泣きます。(もののけ姫ってもう10回以上繰り返して見てるなあ) でも次点はアシタカがサンを抱きしめて、「すまない、なんとか止めようとしたんだ」というところ。美しいシーンです。どうしたって癒されない怒りも悲しみも、全て抱きしめて生きていこうというアシタカ君に惚れます。 エボシがアシタカに「さかしらにわずかな不運をみせびらかすな、その右腕切り落としてやろう!」というセリフもいいです。エボシ様は「売られた娘をみるとみんな引きとってしまう」と言われているように、虐げられた人たちに対する情が半端なくありますね。エボシの服装から見て彼女の出時はおそらく白拍子(遊女)であろうといったのは網野善彦氏。エボシという人は人生の苦汁をなめてなめてなめつくして、あそこまでたどりついた人なのでしょうね。アシタカの呪われた腕など鼻で笑うくらいに。 アシタカがカヤから貰った小刀をサンにあげちゃうのが、ちょっと引っ掛かっていたんですが、二人の声優さんが実は同じ人であることを知り、納得しました。カヤをいつも思うことと、サンと共に生きることは、少なくとも物語上はつじつまがあうんだと分かって、ほっとしました。 男女の入れ換えといえば、母であるモロの声を美輪さんがし、主人公の気持ちを歌った歌を米良さん(この人はバイセクシャルなんだそうですね)が歌っているというのも意図的なものかもしれません。 2008-03-10太宰治 きりぎりす「燈籠」 「黄金風景」 「畜犬談」 「風の便り」 投稿者 towa | |
2008-03-02マイケル・ギルモア 心臓を貫かれて「俺はおまえを殺しに行ったんだと思う。たぶんそうなったことだろう。おまえにも選びようはなかっただろうし、俺のほうにも選びようはなかっただろう」。 投稿者 towa | |
カラ兄弟 無事『心臓を貫かれて』を読み終えたので、戻ってきました。 2008-02-17マイケル・ギルモア 心臓を貫かれて休みの間に『そうだ、村上さんに聞いてみよう』を読んでいて、ふと読みたくなったので、ただいま『心臓を貫かれて』を再読中です。今から下巻。 ゲイリーという人にはあまりにまとも過ぎる部分があったんだろうなと思います。随所に書かれているゲイリーの「シャイな微笑み」というのを見ていると。 投稿者 towa | |
2008-02-09珍しく読書日記らしい 本屋で川上未映子さんの『わたくし率イン歯ー、または世界』を立ち読みしました。 投稿者 towa | |
2008-02-01仕事のこと このブログを読み返してみたのですが、自分の仕事のことを予想外にたくさん書いているくせに、基本的に私が何の仕事をしているのかについては全く書いてないことに気付きました。笑。 2008-01-24太宰治太宰ごときにこんな心動かされると思ってなかったなあ。だって王道じゃないですか。本読み人としては失格じゃないですか。笑。 呆然としてしまいました。「そうして私は沈黙する」。サイトの題名にでも使いたくなる言葉です。その断絶の深さに、2人の間に厳然とある溝に、それは決して埋めることはできないという事実に目まいがしました。私にはあなたの流す鮮血が見えるようだ。 そんなわけで今『きりぎりす』を読んでいます。「畜犬談」が好き。その樫の木に黄金の細き鎖のむすばれて(黄金風景)、とかひそひそ聞こえる。なんだか聞こえる(鷗)とか懐かしい。 本屋で新潮文庫の『走れメロス』を見てみると、どうやらこれも既読のようです。意外にたくさん読んでる太宰治です。 投稿者 towa | |
2008-01-162008-01-142008-01-07ドストエフスキー カラマーゾフの兄弟 リアルタイムでお送りしています。ただ今第二篇、ゾシマ長老が信心深い女たちに祝福を授けているところです。 わたくしはほんの一遍きりでも、あれが見とうござります。ほんの一遍あれが見たいのでござります。そばへ寄って声をかけいでもかまいませぬ。以前のように、あれがおもてで遊び疲れて帰って来て、あの可愛い声で、『母ちゃん、どこ?』と呼ぶところを、どこか隅の方に隠れておって、せめてちらりとでも見たり聞いたりしとうござります。 子どもの名前はなかなか出てきません。最後にゾシマが名前は?と聞いて、初めてこの子の名がアレクセイであることが分かります。アレクセイとは、カラ兄弟の主役の名前であり、その他少なくない数の(いや少ないか)ドスト作の中で主役に冠せられる名前であり、ドスト氏が亡くした次男の名前でもあります。どちらのアレクセイも3つの時に亡くなりました。 メモ『ヴィヨンの妻』って高校生のとき読んだのですが、何か読んでいて非常に苦しくなって、途中で読むのをやめたままになっていた本です。今回表題作まで読み進みましたが、前どこで苦しくなったのかよく分からなかったです。笑。「トカトントン」いいなと思っていたら、太宰が好きな姉も「お、ヴィヨンの妻、トカトントンやね」と言っていました。あの地の文うつりそう。次は『カンガルーノート』と思っていましたが、『津軽通信』を先に読みます。 投稿者 towa | |
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