ドストエフスキー カラ兄弟
第三兄弟の接近
たとえ物の秩序を信じないとしても、僕にとっては、春芽を出したばかりの、粘っこい若葉が尊いのだ。瑠璃色の空が尊いのだ。(P43)
生の意義以上に生そのものを愛するんだね?(P44)
この辺のイワンのせりふはしびれますね。江川卓さんは生の意義以上に生そのものを愛するイワンをして「カラマーゾフ万歳」と言えるのだと仰ってました。ほんとにその通りです。
僕は調和なぞほしくない、つまり、人間に対する愛のためにほしくないというのだ。(P73)
ねえアリョーシャ、僕は神様を承認しないのじゃない、ただ『調和』の入場券を謹んでお返しするだけだ(P73)
そして劇詩『大審問官』にいくわけです。
第五 大審問官
怒りたいなら勝手に怒るがよい、わしはお前の愛なぞほしくもないわ。(P96)
このせりふはイワンの「(子供の苦しみの上にしか得られないというのなら)調和なんか欲しくない」という言葉の言い直しだったんですね。最初にカラ兄弟を読んだとき、一番印象に残ったせりふでした。
