2008-06-04

ドストエフスキー カラ兄弟

第五 大審問官

 今回は割に細かいところを見て、発見したこととかを書いていこうという意図なので、せっかくの大審問官ですが、さっさ~っと読み飛ばしてしまいました。
 ただそういうマクロ的に読むと(あれ?逆か。ミクロの視点?いややっぱ読み飛ばしたから分かったことです)そうか、老審問官が言っていることって要するに共産主義のことなんですね。そう考えるとやはりキリスト教というのはたいしたシステムだなあと思います。(私がいまだに社会主義と共産主義の違いが分からないというのは秘密です。笑)

 そんな私ですが共産主義国がことごとく崩壊し現実共産主義体制の中で何が起こったのかということぐらいは承知しておりますので(二頭の牛に教えてもらいました

この隷属は未来の農奴制度ともいうべきものですが、ただし地主となるのは彼ら自身です(P103)とアリョーシャも言っていることですし。

「でも、粘っこい若葉は?貴い墓は?瑠璃色の空は?愛する女は?ああ、それじゃ兄さんは何を足場にして生きてゆくのです、どうやってそういうものを愛するつもりなんです?」とアリョーシャは悲しげに叫んだ。「胸に頭にそんな地獄を抱きながら、一体そんなことが出来るんですか?(後略)」(P107)

 これは『謎ときカラマーゾフ』の中で江川さんもおっしゃっていることですが、大審問官の話が終わったあと、イワンは左へ、アリョーシャは右へ行き、立ち去るイワンの肩は右が下がっています。右は意識の象徴、左は無意識界の象徴です。←ところでこれって私は河合隼雄の本で知ったことなのですが(箱庭の解釈によく出てくる)、ドストさんの時代にもいわれていたことなんですかね。人の意識を無意識と意識に分けたのはフロイトで、ドストさんより100年ほど後の時代のことなのですが。