宮本輝 流転の海 第一部
宮本輝という人は、おそらくトルーマン・カポーティー型の人間なのではないでしょうか。よそにあるどこかから物語をつむぎだすのではなく、自らの体験の中からしか小説を書くことができない人間。カポーティーの翻訳の解説で、村上春樹はそのように書いていました。
(ティファニーで朝食をの村上訳文庫本を本屋で見つけたので、解説だけ立ち読みしてきました。アンファン・テリブルってカポーティーのことを指す言葉だったんですね。てっきりハーモニー・コリンのことだと思ってた。もしかしてそれよりもっと古い言葉ですか?変に仏語・英語だし、最近の言葉だと思ってました。)
(すみません、ちゃんと調べてきました。アンファン・テリブルはフランス語で、ジャン・コクトーの小説の題名、早熟な天才児に冠せられる言葉、アンファン・テリブル ハーモニー・コリンで154件ヒット、アンファン・テリブル トルーマン・カポーティーで214件ヒットでした。)
たとえば村上春樹という人はそれとはまったく違う物語の作り方をしているように思います。彼は自分の書いた物語の中に、具体的な実在のモデルを持つキャラクターがいることはまれだと言い、自らの体験をそのまま物語にしていくことは、マテリアルの消費、とまでは言っていませんが、それを続けていてはやがて何もかけなくなるであろう、というようなことを言っており、暗に否定しています。私の中でも、旅に出かけては、そこに着想を得て、エッセイを書き、小説を書く、宮本輝の作家としての姿勢に、疑問を持つようになり、それで彼の作品を読まなくなったようなものです。(まあそれとは別に、エッセイと小説に殆ど同じエピソードが出てくるもので、なんとなく損したような気もしていましたし)
しかし実を言うと、おそらく私という人も、もし小説を書くのであれば、そのようにしてしか書けない人間なのだろうなと思います。私どうしても「物語を適当に作る」ということができないんですよね。自分の体験したことだったら書けるけど、何もないところから作り出したり、春樹さんのように「マテリアルを一旦溶解ししかるべき大きさにちぎって使用」なんて、言っていることは分かるような気がしますが、自分にはできそうにもありません。
私は自分が小説を書くことがあるとすればいつか書ける日が来るはずだから、と思って、その日が来るのをただ待っているのですが、多分おそらく、書き方のモデルとして村上春樹を据えるのはやめておいたほうがいいんだろうな、そんな気がしました。
さて、流転の海ですが、ごめんなさい、きちんとした感想というよりは、「辻堂君がかっこいい」みたいな与太話しか出てきそうにないです。(およ、つじの字が出ないわ) (ていうか辻堂くんに裏切られたら立ち直れんかも知れん)
私のお父さんはここまで強烈ではありませんが、どことなく似たようなところを持っているような気がします。母も負けず劣らず気性が荒いですし、中高生頃のときに、そんな父母を激しく憎んだ、というのも、そのため現実逃避をするようになって、本ばかり読んでいた、というあたりも、私と重なる部分があるように思います。(私の逃避はそれほど酷くなかった。逃げるべき現実がやはり輝さんの場合度外れに強烈であるように思います。私が一番現実逃避をしたのは、高2の夏休みで、このときは10日で30冊の本を読みました。)前に読んだ『本をつんだ小船』によれば、宮本輝が神経症を患って会社を辞めたのは28歳、今の私と同い年ですね。(すみません、これ間違い、パニック発作が出たのは輝さん25歳のときだそうです)
絵を描きたいなあと思います。本を読んでいてそのキャラクターを描いてみたいと思うことはこれまであまりなかったことのように思うのですが。忘れないようにメモしとこう。
・辻堂忠上等兵
・熊吾さん鶏の血まみれ
・富岡君(辻堂くんのお友だちの絞首刑になった人)
・貴子とアカ
・房江
・春菊
・熊吾と伸仁(聖母子像みたいな感じで。熊吾さんはふんどし一丁)
・泥の中の蓮の花
着物とか牛とか鶏とか褌とかいろいろ資料を集めなければ...。辻堂君が何を着ているのかよく分からないけどなんとなく和服を着ているところがいいなあと思います。(そんな描写なかった気がするけど)貴子も野良着ではなく花嫁衣裳を着て牛に乗っていたらどうだろうとか思ってます。春菊さんは赤の襦袢、房江はお茶屋の会計係の頃でやはり和服。日本髪のかつらってどんなでしょう。『さくらん』の映像やはり残しておけばよかったなあ。そういえばこないだoekakibbsさんで「おいらん道中」の絵を見たなあ。
