2009-04-30

ジャック・ロンドン 野性の呼び声

彼等のいのちは、二分の一はおろか四分の一にも消え細っていた。どのイヌも骨の入った皮袋にすぎず、その中で、いのちのほのおだけが、かすかにまたたいていた。そりが止められると、イヌたちは引き革につながれたまま死んだように倒れてしまい、そのいのちの火はかすかになり、消えてしまいそうだった。そして棍棒なり鞭なりが彼等に振りおろされると、そのいのちの火はまた弱々しく燃え上がり、ふらふらと立ち上がって、よろめきながら歩き出した。(P89)

2009-04-21

宮本輝 螢川・泥の河

停電で付近一帯の灯りが消えた。蝋燭の火が拡がるまでの短い時間の、ひきずり込まれていくような暗黒の中で、信雄はふと死んだ馬車の男を思い出した。彼は手探りで父を捜した。晋平のすったマッチの火が、闇の中で蝶のように舞った。(宮本輝『螢川・泥の河』新潮文庫P23)

 輝さんこんな文章書いてたんだなあ...。きゅーんとしました。ストーリーテラーとしての輝さんにはそれほど惹かれないのですが、この情景描写は素敵だなあ。
 昔(多分まだ高校生のとき)読んだときは、泥の河のほうが好きで、螢川はあまり心に響かなかった覚えがあります。多分中学男子の性の目覚めの部分が生理的に嫌、とかそんなだと思いますが。
 今回読んで思ったのは、上にも書いたように、この頃の輝さんの文章は本当に絵的だなということです。情景がぱっと目に浮かぶ、しかも昔読んだときと殆ど変わらないイメージが広がったような気がします。

 処女作がその作家のこれからの作家人生のすべてを包含している、というのは、たとえば村上春樹や村上龍の場合当てはまらないことのように思います。(春樹さんはまさかあの処女作を読んで、海辺のカフカまでいく人だとは思わないでしょうし、龍さんの場合、正直、『限りなく透明に近いブルー』を超えるものを最後までかけなかった、という思いがある。別方向の傑作はあるのですが、あの、処女作の方向性で伸びていかなかったことには本当にもったいないことをしたなあと思うんですよね。←大きなお世話)
 輝さんはそういう意味では、処女作から今に至るまで、一貫した何かをすでにしっかりと持っておられる方だなと思いました。特に処女作が「泥の河」というのはすごいです。流転の海で描いたように、人はすべて泥沼のようなものであり、しかしその泥の中にこそ、白い蓮の花は咲くのだという、人間観。
(こういうことは軽々しく口にすべきことでないのかもしれませんが、春樹と龍はおそらく両親からしっかりと愛されたことがない、という欠落を持って生きている人だと思うんですよね。そして輝さんは、反対に、父からも母からも確かなまっとうな大きな愛を受けて育った人だと思うんです。これは仮説です。)

 ちょっと話しずれますが、ずいぶん以前から私は「かえるくん」という題名で絵をかけないものかと色々考えていたのですが(わたしのかえるくんは東京を救わないし、ドストエフスキーもアンナ・カレーニナも読まない、云々)(ピカサに2枚(スマン、1枚だけでした)ある池と人の絵はかえるくんです)螢川の黒い水藻を全身にまといつけ、深い用水路の澄みきった水の上にうつぶせて死んでいるさまが、まるではっきりと見届けたもののように思い描かれていた。(P155) というところを読んで、ああそうか、私の描きたかったものって水死体だったんだと、なんか妙に納得しました。水死体のイメージというと、正確には水死体ではないのですが、吉田秋生『カリフォルニア物語』の中の、ヒースの夢に出てくるイーヴであろうなと思います。これもやはり高校生のときに読みましたが、本当にすごいショックを受けた話でした。
(ちなみに当然のようにグリーン姉さんは観賞済み)

 話を戻しますと、大阪の街というのは本当に河の多いところで、私は特に夏場、大阪に行くのがすごく嫌です。耐えられないくらい腐った水の臭気が立ち込めているのですよね。本当に、どこに行っても臭くて息苦しくて、夏はなるべく買い物に行くにしても京都に行くようにしています。タイガースが優勝するとあの腐った河に飛び込むやからがいるとか、そして飛び込んだ人の中には病気になって死んだやつもいるとか、(たぶん流言飛語)、そのため機動隊まで出て飛び込みを阻止したとか、(これは本当)何という物騒な河なんでしょうね。
 へその緒のついた赤子の死体も、大風に飛ばされた家財も、鬱金色の煌めきも、体を売って暮らす母子の船も、少女のつつましい美徳と、少年の狂気も、すべてを抱え流れる河、そんな「泥の河」から無数の沙蚕をくみ上げる老人。ゴカイって字だけ見るとまるで美しいもののようですね。
 信雄はこの沙蚕汲みの老人をとても怖がっていて、話の中盤で老人は信雄の目の前で消えてしまいます。これって何でなんだろうと思っていたんですが、よく考えたらだからこそ輝さんは神経症にかかってしまったんでしょうね。それは暴いてはならないもの、なんでしょうね。

2009-04-19

宮本輝 天の夜曲 流転の海 第四部

 読了いたしました。母の話によると第五部は図書館においてなくて、予約もしていないんだそうだ。母より先に読んでしまったもので、このシリーズもしばし休憩となりそうです。
 ようやっとというか、熊吾さんがものすごくかっこよく見えてきました。一巻で房江が初めて熊吾の胸にもたれかかったときのこととか「こりゃあ生娘を抱くより難しいのお」と言ったこととかを思い出して、そのとき房江はどんなにか幸福に思っただろう、そんなことを考えてました。だからこそ、そんな夫に殴られたときの房江の気持ちというか、落胆というか、諦念というか、分かるような気がします。

 「自分の自尊心よりも大切なものを持って生きにゃあいけん」(P50)
 これも素敵な言葉ですね。というか、海老原太一にだけは頭を下げたくない、そういいながら妻子のために土下座までする熊吾さん、お父ちゃん!かっこよすぎだよ。
 あ、そうそう、熊吾さんとおんなじで、私のお父さんもグーで殴ったことはないから!父の名誉のために言っときます。跡が残るほど叩かれたこともないよ。(うちの犬は角材で殴られたりしてましたが。俺男でなくて本当によかったと思うよ。多分びしばししばかれていたろうから)

 後学のために熊吾父さんの「これが大事」という言葉を書いておきます。
「約束は守らにゃあいけん」
「丁寧な言葉を正しく喋れにゃあいけん」
「弱いものをいじめちゃいけん」
「自尊心よりも大切なものを持って生きにゃあいけん」
「女とケンカしちゃあいけん」
「なにがどうなろうと、たいしたことはあらせん」(P242)

2009-04-15

宮本輝 血脈の火 流転の海 第三部

 読了いたしました。
 つじどー...。泣き。
 なんか作中で、美津子(でしたっけ)が「わたしは一生あの人のなくなった奥さんや子どもさんにかなわんようなきがすんねん」と言って辻堂との縁談を断ってしまったというのが信じられなかったりします。私だったら、一生「お前のことは4番目に好きや」と言われるはめになっても、辻堂君と結婚するな。というかそのくらいのほうが私にはちょうどいいかもしれない。自分以外に死ぬほど大切な人がたくさんいる人のほうが素敵じゃないかと思うんですけどね。どうなんでしょうね。彼には本当に幸せになってもらいたいなあと思います。(そして変な話ですが「私だったら幸せにしてあげられるのに」みたいにも思うんです)

 亜矢子と獣になる辻堂もまたよし。

 でもしかし、読めば読むほど、辻堂君はいつか熊吾のことを痛烈に裏切るのではないかという懸念に胸が苦しくなります。それも決定的なむごいことをするんじゃないかと。なぜかそう思ってしまいます。

 さて、ネットでちょっとこの作品のことを検索してみたところ、うちの母はもう完結していると言っているのですが、どうやらまだ続くようですね。5部が終わってようやっと伸仁12歳らしい。熊吾が死ぬのまでにまだ10年くらいありますね。
 wikipediaで宮本輝の本名が正仁であることを知り戦慄したり、愛媛暮らしも大阪、富山に行ったのも全部宮本輝自身に起こったことらしいし、(ということは父の愛媛弁も本当のことということになりますね)「あ、これ泥の河」とか「あこれは螢川」とか、思っていた以上に宮本輝の自伝的小説のようです。
 『泥の河』をもう一度読みたいなあと思っています。文庫がうちにあったようななかったような。米びつの中に手を突っ込んで「暖かい」と言う少女と「冷たい」という少年、位しか覚えていないのですが、何かすごく静かな心持になったのは覚えています。

 ついでに、宮本輝の小説は多分『青が散る』が初めてだったのではないかと思います。内容はあまり覚えていないのですが、「俺はボールの影の部分を見て打つ、そうすることしかできない人間なんや」というようなせりふが印象深く、何か共感したように思います。 作品リストを見ると、自分が思っている以上にたくさん読んでいるようです。草原の椅子までというと2/3は読んでいますね。

2009-04-12

宮本輝 血脈の火 流転の海 第三部

父なるものへの処し方を知らないことが、麻衣子を女として頑迷にさせている。甘え方を知らず、許し方を知らず、怒り方を知らず、くつろぎ方を知らない。(P186)

 うう、ぐっさり刺さった、特に最後のくつろぎ方。

 熊吾は麻衣子がそうなったのは「父の愛情を知らずに育った」せいだと考えます。

 私、お父さんのこと大好きだったなあ。帰ってきたら玄関まで走って迎えに行ってたし、いってらっしゃいのチューもしてた。夜遅く父が帰ってきて、もう寝てる姉と私のところにきて、私たちは二段ベッドで寝ていて、姉が下で私が上で、姉の布団にもぐり込んだ父が、下から二段ベッドの板をばふばふ蹴って、「おうい、おきとるか」とか言って、私は急いで下に降りてって、姉と父の間にもぐり込んで、姉と二人で「お父さん面白い話して!」と言う、父は「アリが10匹、ありがとう」的な超下らない話して、姉と私は笑い転げて「他には?他には?」なんて、3人で狭い布団の中でもみくちゃになってゲラゲラ笑ってた。

 思春期になって、父のことを拒絶するようになったのは、自然の摂理として仕方のないことだったのかな、とも思う。でも父のこと、ぐっすり寝ている間にいつか刺し殺してやる、というほど思い詰めたのは、なぜだったんだろう。

 父と私の間にあった確執は、割合今解消されてきています。私が3年前実家を出たのは、父と激しい喧嘩をして、「そんなに嫌なんやったら出ていけ!」と怒鳴られたからであったけれど、(あと生まれて初めて足蹴にされた。痛くはなかった。私もお返しに父のどでかい電卓をぶん投げて、電卓は壊れ床がへこんだ。父の暴力に暴力で返したのはそれが初めてで、そのことについては父なりに感じるところがあったようです。それ以後は今のところ、手をあげられたことはない)これは父にももう言ったけど、「家を出るきっかけをもらった、背中を押してもらったようなものだ」と今は思ってます。(これ、思ってるというより、なんか口をついて出た言葉なんだよな)

 昔は父が、例えば外食をして、店の人に癇癪起こして(態度が悪いとか)「責任者呼べ!」なんて悶着が起こると、恥ずかしくていたたまれなくて、誰彼構わず怒鳴り散らす父を軽蔑して、憎んで、恐ろしくて、そもそも男の人の大声を聞くと(たとえそれが悪意のないものでも)体が固まってしまうということになったものです。

 今は「まあまあ、お店の人も謝ってくれてるし」と取り成したり、私を駅まで送ってくれて、タクシーの運ちゃんと喧嘩したときは、「帰りの車気ぃつけや、カッカしたらアカンで」と、父の心配までするようになった。いつの間にかそんなことができるようになってました。まあ私も28だし、それくらいできて当然なのかも知れませんが、それでも我ながら、よくできるようになったなと思います。一時は「いつか殺してしまう」と本気で思ってたんですがね。


 と、すみません、長々と流転とは関係ない話して。


 この熊吾さんが、自分の命より慈しんだ息子の伸仁に激しい憎悪を向けられることになるというのは、熊吾の業なのか、伸仁のものなのか、彼らの来し方によるものなのか、必然であったのか、運命であったのか、ともかく、宮本輝という人が『流転の海』をライフワークと思って取り組んできたというのは本当によくわかります。

 父を憎み母を憎み、自分の来し方を憎むということは、すなわち自分自身を憎み否定することなんですよね。なんか高校生ぐらいの時によくそういうこと考えてたなあ。(今はちょっと違う見方をしている)


 さて、一つだけ気になってこと。

 その一角と、窓辺に干された女物の水着とが対を成して、一種退廃的な、すさんだ寂しさを漂わせていた。(P210)

 これはやっちゃだめでしょ。いかにそのシチュエーションを作り上げ、「一種退廃的な、すさんだ寂しさを漂わせ」られるか、読者の頭にそれをありありと浮かばせるためにどのように書くか、心を砕く身としては(大変生意気申しておることは承知致しておりますが)こういう書き方をしちゃう輝さんはやはり大衆小説家なのだと言わざるを得ないかと。大衆小説のどこがいけないんだ、というと、どこも悪いことなんかないし、輝さんの場合それは枝葉だと言ってしまえる骨太いストーリーの流れがあるから全然いいんですけどね。(とうとうと流れる泥の河ですよ、まさしく。ほんでところどころ、汚濁の中に蓮の花が咲いてるんでしょ。いいじゃないですか)ただ私は流転を読み終わったら、もう輝さんの本は読まないと思います。

2009-04-08

 

 最近なんとなくよく唱える文句。

 ああ眠りたい煮られたい、ソロモン王の祭壇で(眠いのに眠れないとき)

 しかれどもうつくしきわがなせのみこと、いりきませることかしこし(特に意味はない)

 鳥の血に悲しめど、魚の血に悲しまず。(イノセンスより)

2009-04-05

宮本輝 地の星 流転の海 第二部

「(略)なんぼ戦争やっちゅうても、これが人間のすることやろかと思うようなことをやりよるのは、たいてい、いなか者の百姓出身の兵隊じゃ。若い女を犯して殺すのも、年寄りや子供の首をはねるのも、たいてい、いなか者の百姓出身の兵隊じゃ。なんでですかのお。なんで、いなか者の百姓が兵隊に徴られると、あんなえげつない残酷なことを平気でやるようになるんじゃろ……」
宮本輝 『地の星 流転の海 第二部』 新潮社 P91

 栃木のど田舎のヤンキー3人になぶり殺された、彼のことを思い出しました。主犯の萩原は本当にどうしようもないバカ者だったようです。無期懲役の判決が降りたとき、「正和くんのぶんまで生きたいです」と言ったそうなのだ。

 私のしていることは間違っているかもしれません。個人的な制裁を加えるというようなことはしてはいけないことなのかもしれません。それでも、私は被害者である正和さんが実名だされるなら、犯人たちの実名もだされるべきだと思っています。

 私のしていることが間違っていると思う人は遠慮なく仰って下さい。

 人が生きたり死んだりするのに意味なんてない場合が多いのはよく分かっているし、そういうものだと思ってはいますが、それでも彼があれ程の苦痛と絶望を味わわされて、殺されていった、それもなんの救いも意味もなく。ということに、涙が出る。

 音吉は上のせりふを言ったあと、しばらく別の話をし、それから熊吾に問われてこう答えます。

「わしは、わしが死んだあと、閻魔様にしか裁いてもらえんようなことを、ビルマの収容所でやりましたなァし。どんなことやと訊かんといてやんなはれ」(P94)

 彼もまた田舎の人間です。田舎から徴用された田舎出身の兵隊であったのです。
 音吉は夜中に急に恐ろしくなって、屋根に上って奇妙なダンスを踊ります。彼は、そうしていると、昔のように、親父がやってきて、「何をそんなにおそろしがっとるんや、お前が悪いんやない、お前が悪いんやないぞ」そう言って、抱きしめてくれるような気がするのだ、と答えます。
 私はしばらく本を閉じて泣きました。

2009-04-04

宮本輝 流転の海 第一部

 宮本輝という人は、おそらくトルーマン・カポーティー型の人間なのではないでしょうか。よそにあるどこかから物語をつむぎだすのではなく、自らの体験の中からしか小説を書くことができない人間。カポーティーの翻訳の解説で、村上春樹はそのように書いていました。
(ティファニーで朝食をの村上訳文庫本を本屋で見つけたので、解説だけ立ち読みしてきました。アンファン・テリブルってカポーティーのことを指す言葉だったんですね。てっきりハーモニー・コリンのことだと思ってた。もしかしてそれよりもっと古い言葉ですか?変に仏語・英語だし、最近の言葉だと思ってました。)
(すみません、ちゃんと調べてきました。アンファン・テリブルはフランス語で、ジャン・コクトーの小説の題名、早熟な天才児に冠せられる言葉、アンファン・テリブル ハーモニー・コリンで154件ヒット、アンファン・テリブル トルーマン・カポーティーで214件ヒットでした。)

 たとえば村上春樹という人はそれとはまったく違う物語の作り方をしているように思います。彼は自分の書いた物語の中に、具体的な実在のモデルを持つキャラクターがいることはまれだと言い、自らの体験をそのまま物語にしていくことは、マテリアルの消費、とまでは言っていませんが、それを続けていてはやがて何もかけなくなるであろう、というようなことを言っており、暗に否定しています。私の中でも、旅に出かけては、そこに着想を得て、エッセイを書き、小説を書く、宮本輝の作家としての姿勢に、疑問を持つようになり、それで彼の作品を読まなくなったようなものです。(まあそれとは別に、エッセイと小説に殆ど同じエピソードが出てくるもので、なんとなく損したような気もしていましたし)

 しかし実を言うと、おそらく私という人も、もし小説を書くのであれば、そのようにしてしか書けない人間なのだろうなと思います。私どうしても「物語を適当に作る」ということができないんですよね。自分の体験したことだったら書けるけど、何もないところから作り出したり、春樹さんのように「マテリアルを一旦溶解ししかるべき大きさにちぎって使用」なんて、言っていることは分かるような気がしますが、自分にはできそうにもありません。

 私は自分が小説を書くことがあるとすればいつか書ける日が来るはずだから、と思って、その日が来るのをただ待っているのですが、多分おそらく、書き方のモデルとして村上春樹を据えるのはやめておいたほうがいいんだろうな、そんな気がしました。


 さて、流転の海ですが、ごめんなさい、きちんとした感想というよりは、「辻堂君がかっこいい」みたいな与太話しか出てきそうにないです。(およ、つじの字が出ないわ) (ていうか辻堂くんに裏切られたら立ち直れんかも知れん)

 私のお父さんはここまで強烈ではありませんが、どことなく似たようなところを持っているような気がします。母も負けず劣らず気性が荒いですし、中高生頃のときに、そんな父母を激しく憎んだ、というのも、そのため現実逃避をするようになって、本ばかり読んでいた、というあたりも、私と重なる部分があるように思います。(私の逃避はそれほど酷くなかった。逃げるべき現実がやはり輝さんの場合度外れに強烈であるように思います。私が一番現実逃避をしたのは、高2の夏休みで、このときは10日で30冊の本を読みました。)前に読んだ『本をつんだ小船』によれば、宮本輝が神経症を患って会社を辞めたのは28歳、今の私と同い年ですね。(すみません、これ間違い、パニック発作が出たのは輝さん25歳のときだそうです)



 絵を描きたいなあと思います。本を読んでいてそのキャラクターを描いてみたいと思うことはこれまであまりなかったことのように思うのですが。忘れないようにメモしとこう。

・辻堂忠上等兵
・熊吾さん鶏の血まみれ
・富岡君(辻堂くんのお友だちの絞首刑になった人)
・貴子とアカ
・房江
・春菊
・熊吾と伸仁(聖母子像みたいな感じで。熊吾さんはふんどし一丁)
・泥の中の蓮の花

 着物とか牛とか鶏とか褌とかいろいろ資料を集めなければ...。辻堂君が何を着ているのかよく分からないけどなんとなく和服を着ているところがいいなあと思います。(そんな描写なかった気がするけど)貴子も野良着ではなく花嫁衣裳を着て牛に乗っていたらどうだろうとか思ってます。春菊さんは赤の襦袢、房江はお茶屋の会計係の頃でやはり和服。日本髪のかつらってどんなでしょう。『さくらん』の映像やはり残しておけばよかったなあ。そういえばこないだoekakibbsさんで「おいらん道中」の絵を見たなあ。