2008-06-29

ところで

 映画『風の谷のナウシカ』見たんですが、思ってたよりナウシカがだいぶちがくて、びっくりしました。
 私がある意味理想と思うナウシカは、映画のナウシカではありませんから!声を大にして言うよ、映画のあれは全然違うから!

 以上

2008-06-26

翻訳

 今日ふと自分のブログにつけた「翻訳」機能を使ってみたんですが、やはり固有名詞等々、へんちくりんな英語になっておりますね。はじめ付けてみたときは割にうまく英語に翻訳されるもんだなあと感心していたんですが。
 難しいなあと思ったのは人称。「仕事」の項目でかいたことが"I feel~"になっちゃってる。「彼女は感じているんですよ」という大事なところで。
 むーむー、難しいです。
 新潮が"あらたうしお"に訳されているのには笑いました。

2008-06-24

読了本

『津軽通信』太宰治
『カフカ寓話集』フランツ・カフカ

 また感想書きます。

 ついでに、非大學訳ランボー岩波から出てたんですね『地獄の季節』買いました。4月に改訂版が出たとこで、古いやつだと400円新しいのは460円(税抜き)
 迷ったけど新しい方買いました。
 ちなみに新潮のランボー詩集は読む気がおきなくて置いてあります。
 大學さんの訳は否定しませんよ。でも、私はもうちょっと翻訳調のほうが好きです。フランス語らしい表現とかが残ってて、注釈なんかついてたら嬉しいかな。
 大学さんはねえあまりにも日本語として完結し過ぎているんですよね。それが窮屈に感じたり。

2008-06-04

ドストエフスキー カラ兄弟

第五 大審問官

 今回は割に細かいところを見て、発見したこととかを書いていこうという意図なので、せっかくの大審問官ですが、さっさ~っと読み飛ばしてしまいました。
 ただそういうマクロ的に読むと(あれ?逆か。ミクロの視点?いややっぱ読み飛ばしたから分かったことです)そうか、老審問官が言っていることって要するに共産主義のことなんですね。そう考えるとやはりキリスト教というのはたいしたシステムだなあと思います。(私がいまだに社会主義と共産主義の違いが分からないというのは秘密です。笑)

 そんな私ですが共産主義国がことごとく崩壊し現実共産主義体制の中で何が起こったのかということぐらいは承知しておりますので(二頭の牛に教えてもらいました

この隷属は未来の農奴制度ともいうべきものですが、ただし地主となるのは彼ら自身です(P103)とアリョーシャも言っていることですし。

「でも、粘っこい若葉は?貴い墓は?瑠璃色の空は?愛する女は?ああ、それじゃ兄さんは何を足場にして生きてゆくのです、どうやってそういうものを愛するつもりなんです?」とアリョーシャは悲しげに叫んだ。「胸に頭にそんな地獄を抱きながら、一体そんなことが出来るんですか?(後略)」(P107)

 これは『謎ときカラマーゾフ』の中で江川さんもおっしゃっていることですが、大審問官の話が終わったあと、イワンは左へ、アリョーシャは右へ行き、立ち去るイワンの肩は右が下がっています。右は意識の象徴、左は無意識界の象徴です。←ところでこれって私は河合隼雄の本で知ったことなのですが(箱庭の解釈によく出てくる)、ドストさんの時代にもいわれていたことなんですかね。人の意識を無意識と意識に分けたのはフロイトで、ドストさんより100年ほど後の時代のことなのですが。

ドストエフスキー カラ兄弟

第三兄弟の接近

たとえ物の秩序を信じないとしても、僕にとっては、春芽を出したばかりの、粘っこい若葉が尊いのだ。瑠璃色の空が尊いのだ。(P43)

生の意義以上に生そのものを愛するんだね?(P44)

 この辺のイワンのせりふはしびれますね。江川卓さんは生の意義以上に生そのものを愛するイワンをして「カラマーゾフ万歳」と言えるのだと仰ってました。ほんとにその通りです。

僕は調和なぞほしくない、つまり、人間に対する愛のためにほしくないというのだ。(P73)

ねえアリョーシャ、僕は神様を承認しないのじゃない、ただ『調和』の入場券を謹んでお返しするだけだ(P73)

 そして劇詩『大審問官』にいくわけです。

第五 大審問官

怒りたいなら勝手に怒るがよい、わしはお前の愛なぞほしくもないわ。(P96)
 このせりふはイワンの「(子供の苦しみの上にしか得られないというのなら)調和なんか欲しくない」という言葉の言い直しだったんですね。最初にカラ兄弟を読んだとき、一番印象に残ったせりふでした。