2007-12-04

宮崎駿 風の谷のナウシカ

 宮崎駿、好きです。彼の映画のエンターテイメント性も好きだし、メッセージも好きです。基本的に彼は人間賛歌の人だと思っています。ナウシカは私にとって、一種の理想でもあります。
 でも同時に、漫画『風の谷のナウシカ』を読むと、私は時々わけが分からない気持ちになります。彼は本当に人間が好きなんだろうか、彼は人間の善性を信じているんだろうか、私たちは存在していい種族なんだろうか、宮崎駿は、本当は、人間は滅ぶべきだと考えているんじゃないだろうか、本当は、誰よりも彼は、人間を憎んでいるんじゃないだろうか。

 ちょっと他にないと思うんですよね、こんなに残酷な描写の多い漫画って。特に物語の終盤、ドルク帝国がナムリスのクーデターによって崩壊してからの、混乱ぶりはすさまじい。支配側にいた僧たちが殺されていきます。彼等は支配層の垢として、あるいはただの見世物として、集団で殺戮されていくのです。打たれ切られ、目をえぐられ、石つぶてを浴び、裸にされ、血まみれになって死んでいく。何百という死体が穴に放り込まれ、あるいはいたるところにうち捨てられています。先帝の軍司令官は、いくつもの死体とちぎれた手足と切り取られまだ血が滴っている仲間の頭部に囲まれ、鎖で岩に縛りつけられています。顔は腫れあがり僧服は血でどろどろに汚れています。兵士が命じます、「石をもってこの男を殺せ!!」「いそげ 皇兄陛下に忠誠を示す機会だぞ」

 書いているだけで胸が苦しい。(いや、文字は暴力だ。気持ち悪くなった人ごめんなさい)私はこの漫画をもう何度も読んでいるけれど、この度外れの殺戮シーンには、いつもいつも軽いめまいすら覚えます。ここに来るまで、既にいくつもの激しい戦闘がありました。人々は火器に焼かれ銃で撃たれ毒に倒れ死んでいきました。

 宮崎駿はもしかしたら、思ったのかもしれません。「見ろ、人がゴミのようだ」

 『となりのトトロ』や『千と千尋の神隠し』に見られるように、彼は基本的にファンタジーを作る人であり、ファンタジーは子どものためにあると考えているようです。(Wikipedia情報)今日、『天空の城ラピュタ』を見てました。ムスカのあのセリフ、あのシーンを見るにつけ、彼の憎悪を感じずにはいられないのです。しくしく。

 しかし漫画『風の谷のナウシカ』の中で私が最も残酷だと思うのは、「庭」の存在と庭の番人のセリフだったりします。

 「愛していないのになぜ あの死神に名を与えたのだ」
 「自分を愛さなかった母への復讐をしたのかね?」

 彼(番人)の存在って一つの究極だと思うんです。母性と男性性の融合。(これは女子目線かもしれませんね)その腕の中の居心地はさぞや....、と思う。そのやすらぎを一度味わって、なおかつそこから出ていくナウシカ。残酷だとおもいませんか。いや、ほんとに恐ろしい作品です。

 どーでもいいけど「蟲」っていう字が携帯で出るのにびっくりした。