2007-12-12

村上春樹 ねじクロ 戦前の外務大臣

 ちょっと古い話題ですが。NHKその時歴史が動いた 広田弘毅 の回を見て。

(以下日記から再記載)
2007/9/12 (水) 題名:そうそう

 ねじまき鳥クロニクルを読み返していて気付いたこと。オカダ・トオルさんは自分の名前を戦前の外務大臣みたいなひびきがあるっていうんですね。あともう一回、戦前の外務大臣という言葉はでてきます。(どこか忘れた)これって広田コーキのことなんですかね。こないだNHKでA級戦犯のことやってて、それで知ったんですけど。 今日も10時から広田コーキの番組があります。要チェックです。


で、本題
 広田弘毅という人はもしかしたら、先の戦争の責任を自らのものとして引き受けた、ただ一人の日本人なのではないかなあと、番組を見ながら思いました。
 春樹さんが日本について「楽観はできない」と感じていることの一つに、あの戦争の責任を誰もとっていないんじゃないか、そういう体質は戦後60年以上たった今でも変わっていないんじゃないか、というのがあります。

 今回の首相交代のさわぎの時に世論を席巻していたのは安倍晋三は選挙にやぶれた責任をとって辞任しろ、という意見でした。少なくとも私がテレビをつけるたびに「首相辞任云々」という報道がみられました。
 日本には「水に流す」という表現があり、「水に流せば全ては清められる」という考えがある、だから、例えば政界では、選挙に負けた人が「私の不徳のいたすところです」なんていって、その全責任をとって辞任ということがままある、それで責任をとったことにしてしまう、それでいいのか?それで本当に責任を果たしたことになるのか?といったのは井沢元彦さん。

 報道をみるたび、それを思い出していました。だから、それでも頑張ろうとしている安倍さんにはエールを送っていました。あそこで潰れてしまった安倍さんというのは、日本の変わらない体質にやられてしまった人なのかもしれないなあと。

 その後ウィキペディアの広田弘毅の項を読むと、彼が右よりだったという指摘が。だとすると話が少し違ってきますねえ。(彼は何より天皇にメイワクがかかるのを怖れたそうな)
 うーん、そもそも死刑を受け入れるという行為はまさに水に流すことそのものなのかも。うーんうーん。