サリンジャー 九つの物語
これまで持っていたのはもちろん新潮文庫、野崎孝訳『ナイン・ストーリーズ』です。やはり野崎訳に対する愛着は相当あるようで中川訳を読んでいて「これは違う!」と本を投げそうになったこともしばしば。しかし読んでいると、訳出の後ろにあるテキストの存在を感じて、ああ、本は訳じゃないよなと思うこともできました。
特にそう感じたのは「バナナフィッシュに最適の日」。この話自体久々に読んで、自然に泣いてしまいました。どうして私を置いていってしまうの?シーモア・グラース
コネチカットのよろめき叔父さんは中川訳のほうが好きかなと思います。ストーリーがわかりやすいしラモナもかわいい。野崎訳の決してかわいくないラモナのほうが作者の意図には合っているような気がしますが。それと笑い男もこっちのほうが雰囲気いいです。団長の語り口とかメアリー・ハドソンのかわいさとか。
逆に対エスキモー戦まぢか、愛らしき口元目はみどりはコアに野崎訳をおしますね。フランクリンなんか全然違う人みたいだ。野崎訳のフランクリンの方がどうしようもないヤツだけどなぜかもらったサンドイッチは捨てられない感があると思う。
アーサーの方は人物のだめだめ感というより、ジョニーにたいする「チキショウメ」としか言い表しようのない思いがあって、そのもどかしさがこの作品のキモなのかなと思います。妻の浮気相手に妻が帰ってこないと泣きながら電話してしまう、そして妻が帰って来たと嘘をついてしまう悲しいだめさ加減、友人に裏切られているのに気付きもしないくらい相手を信用してしまう純粋さ、相手に強く出れない非マッチョ男は、この時代には許されなかったんだなと。
テディーとド・ドーミエ・スミスって実はわけのわからない小説だと思っていたのですが、今回読みなおしてみて少し近づけたかなという感触がありました。テディーがシーモアのパラレルであるなら、彼等の先には死しかないということなのでしょうか。アメリカ人的禅の解釈では死だって夢と同じことだよ、これまで何千回と繰り返してきたことじゃないか、となってしまうのかもしれませんね。そりゃ続き書けなくなるよサリンジャーさん...という感じです。
ナイン・ストーリーズで一番好きなのはバナナフィッシュとエズメという平凡な私ですが、今回読んで、小川のほとりもド・ドーミエ=スミスも全部ぜんぶいいなあと思いました。次は買っておいて読んでない『ハプワス〜』を読みます。倒錯の森等々、読み残してるサリンジャー作品は全て読破したいと思いました。あと沼沢訳のナイン・ストーリーズも読みたいですね。
