2006-11-19

村上春樹 海辺のカフカ (「流刑地にて」を読んで)

 カフカ短編集を読んで村上春樹の『海辺のカフカ』について、その他いろいろについて、書きたいことが出てきたのでちょっとフライングして書きます。

 『海辺のカフカ』の最初の方に、主人公のカフカ君が自分の名前の由来であるカフカの小説について話す場面があります。彼は『流刑地にて』がカフカの短編小説の中では一番好きな作品なのだと言い、それのどんなところが好きなのかひとしきり語ります。そしてそのすぐ後、自分が本当に言いたかったことは伝わらなかっただろうし、「誰にどんなふうに説明しても理解してもらえないだろう」と言います。
 しかし誰にも理解されないそのことこそ、彼が誰かにどうしても分かってもらいたいことでもあるのだと私は思います。それが彼に父親の元から何がなんでも逃げ出さなければならないと思わせ、実際に旅立たさせる一番の動機になったのでしょう。ひいてはなぜ村上春樹が『海辺のカフカ』を書かねばならなかったのか、その答えでもあるのだと思います。流刑地にてを実際に読むまではそこら辺のニュアンスがいまいちわからなかったのですが、読んでみてああそういうことだったのかと、リアルに感じることができました。

 カフカという人はお父さんとの間に深い確執を抱えた人です。流刑地にても変身も、おそらくその他全ての作品が、カフカが父親との間にある確執をなんとか清算し、自分の中に位置付けようと、もがき、苦しんだ痕跡であり、それゆえ彼の小説は書かずにはいられない本当に切迫した状況の中書かれたものであると推察されます。

 同時にそれは父親から逃げ出さなければ自分はだめになってしまうと考えるカフカ君にとっても、そういうものをかいた小説家である村上春樹さんにとっても、同じことだったといえるでしょう。彼等にとって、父親との関係は、自分にも理解できない大罪を、激しい苦痛とともに体に刻みつけられ、最後まで分かり合えないまま、意味もなく死んでいくに等しいことだったのです。そしてそのことは直接的に誰かに語ったり伝えたりできることではなく、残酷な現実には到底ありえない処刑機械について綿密に語ることによってのみ、「僕らの置かれている状況を誰よりもありありと説明することができる」ことなのです。

 書くということはある意味人を傷付ける行為だと思います。自分でも気付きたくなかった思いを身を切るような辛さで思い知らされる行為、それが書くということであり、表現ということです。そこまでしないと伝わらない思いがあるということなのです。最近はネットだブログだといって、たくさんの人がいとも簡単に文章を書き、思いを伝えようとし、実際伝わったかのように振るまっています。(私にはそう思えます)しかし書くことで伝わるということを、本当にそんなに簡単に信じていいのでしょうか。私たちは伝えるという行為に対して、文章を書くという行為に対して、もっと慎重であるべきだと思います。(自分もブログ書いてるくせにこんなこというのもなんですが)書くことは自分を傷付けるかもしれない暴力的な力を持っているものであるし、当然その暴力性は他人にも向けられることもあります。その可能性に私たちはもっともっと目を向けるべきなのかもしれません。

 どうでもいいですが私はここの文章は全部、携帯を使って書いています。こんな長い文章を携帯で打つはめになるなんて、携帯は持たない主義だったあの頃の私に教えてあげても、きっと信じないでしょうね。笑。