2008-01-24

太宰治

 太宰ごときにこんな心動かされると思ってなかったなあ。だって王道じゃないですか。本読み人としては失格じゃないですか。笑。

 呆然としてしまいました。「そうして私は沈黙する」。サイトの題名にでも使いたくなる言葉です。その断絶の深さに、2人の間に厳然とある溝に、それは決して埋めることはできないという事実に目まいがしました。私にはあなたの流す鮮血が見えるようだ。

 そんなわけで今『きりぎりす』を読んでいます。「畜犬談」が好き。その樫の木に黄金の細き鎖のむすばれて(黄金風景)、とかひそひそ聞こえる。なんだか聞こえる(鷗)とか懐かしい。

 本屋で新潮文庫の『走れメロス』を見てみると、どうやらこれも既読のようです。意外にたくさん読んでる太宰治です。
 太宰は姉が愛している作家です。(姉の夢は桜桃忌に参加することと太宰の生家を訪ねること←こちらは2年くらい前に実現させたようです)姉は小6の時はまりだしました。ので、3つ下の私も小学生時代太宰を読んでいるはずです。正確には覚えていないのですが姉にすすめられて『お伽草子』か『きりぎりす』あたりを読んでいる。短編集なのでどれか読めそうなものを。「おしゃれ童子」が好きだったのを思い出しました。

2008-01-16

そうして私は沈黙する

 生きるという事は、たいへんな事だ。あちこちから鎖がからまっていて、少しでも動くと、血が噴き出す。
太宰治 「桜桃」『ヴィヨンの妻』新潮文庫

2008-01-14

太宰治

 「おさん」まで読み進んで、あ、ここかもしれない、と思った。前、苦しくて読むのをやめてしまったところ。笑。

2008-01-07

ドストエフスキー カラマーゾフの兄弟

 リアルタイムでお送りしています。ただ今第二篇、ゾシマ長老が信心深い女たちに祝福を授けているところです。
 前々から思っていたのですが、ここに出てくる幼い息子を亡くした母親の姿はとてもリアルですよね。

わたくしはほんの一遍きりでも、あれが見とうござります。ほんの一遍あれが見たいのでござります。そばへ寄って声をかけいでもかまいませぬ。以前のように、あれがおもてで遊び疲れて帰って来て、あの可愛い声で、『母ちゃん、どこ?』と呼ぶところを、どこか隅の方に隠れておって、せめてちらりとでも見たり聞いたりしとうござります。
(ドストエフスキー著、米川正夫訳『カラマーゾフの兄弟』岩波文庫)

 子どもの名前はなかなか出てきません。最後にゾシマが名前は?と聞いて、初めてこの子の名がアレクセイであることが分かります。アレクセイとは、カラ兄弟の主役の名前であり、その他少なくない数の(いや少ないか)ドスト作の中で主役に冠せられる名前であり、ドスト氏が亡くした次男の名前でもあります。どちらのアレクセイも3つの時に亡くなりました。

メモ

 『ヴィヨンの妻』って高校生のとき読んだのですが、何か読んでいて非常に苦しくなって、途中で読むのをやめたままになっていた本です。今回表題作まで読み進みましたが、前どこで苦しくなったのかよく分からなかったです。笑。「トカトントン」いいなと思っていたら、太宰が好きな姉も「お、ヴィヨンの妻、トカトントンやね」と言っていました。あの地の文うつりそう。次は『カンガルーノート』と思っていましたが、『津軽通信』を先に読みます。