2007-02-12

マルケス3 ママ・グランデの葬儀-2 

その他短編

 解説にも書いてあることなのですが、マルケスの小説の現実と超現実の境目の揺らいでいる感じが好きです。「火曜日の昼寝」や「最近のある日」のようなリアリズムに徹した話も、「土曜日の次の日」のような現実にはありえない光景も、同列の事として読めてしまう。解説によるとそれは「至難のこと」らしいですが、一読者としてはそのような気負いは感じません。2つの世界を継ぎ目なくつなぎ合わせているのがママ・グランデであるように思います。良く出来ているなあと私が言うと失礼ですね。

「バルタサルの素敵な午後」
 これを読んで、マルケスの人間観がなんとなくわかったような気がしました。マルケスのというよりラテン・アメリカのというか、対欧米、対キリスト教圏というのかな。
 キリスト教では子どもは無垢なもの、天国に一番近いものとされていますし、りんごさえ食わなければ人は無垢でいられたと考えられているようです。でも違うんですよね。それは『蝿の王』を引き合いに出すまでもなく、現代に生きる我々には自明のことでもあります。でもどこかキリスト教的無垢はまだまだ信用され、それにしがみついている人も少なくないようです。(例えば知的障害の人に対するある種の見方に、私はそれを感じます)バルタサルの素敵な午後は、酒の酔いと女たちの軽蔑の視線で終ります。それはもちろん読んでいて胸のすくようなとか感激でいっぱいになるとかいった終り方ではありません。でもやはりこれが真実なのだと思います。


 「最近のある日」は柴田元幸訳で先に読んだわけですが、ううむ、柴田訳の方が断然いいですね。なんか読んだ後茫然としてしまった感じが、柴田訳のほうがあったんですよ。表面は丁寧で穏やかそうな歯医者の内側に潜む、激しい憎しみ、そのギャップに焦点をあてた柴田氏に軍配。個人的にですが。

2007-02-11

ご紹介

 私の前までの本読みのテーマが「生まれてこない方がいい命なんてないなんて嘘」だったというのは、この人の本を読んだせいでもあります。
http://www.morizumi-pj.com/
↑森住卓のサイト

 読んだのは大学生の時で、アフガニスタンの写真集でした。

 もう一つは橋本治『蝶のゆくえ』の、ふらんだーすの犬です。


 今は「どこにも所属できない自分」、ですが、マルケスは故郷から捨てられた(もちろん同時に自分から捨てた)人間ですし、カフカもサリンジャーもユダヤ人にもキリスト教徒にもなりきれなかった人ですし、無理にいうとドストエフスキーも旦那衆にも百姓仲間にも入れなかった人ですよね。